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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)212号 判決 1991年2月08日

東京都文京区弥生二丁目四番四号

上告人

ミヤコ、スポーツ株式会社

右代表者代表取締役

小林秀夫

右訴訟代理人弁理士

松田喬

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第二二七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年九月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田喬の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本願商標は、商標法三条一項三号、四条一項一六号に該当し、登録をすることができないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 木崎良平)

(平成二年(行ツ)第二一二号 上告人 ミヤコ、スポーツ株式会社)

上告代理人松田喬の上告理由

一上告理由第一点

原判決は

「本願商標を構成する「EXPERT」の文字は、「熟練者、専門家」等の意味を有する英語であり、また、「エキスパート」は右英語を片仮名文字で表わした外来語として、ともに一般世人に理解され、使用されていることは格別の証拠をまつまでもなく明らかである。

そして、弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第五号証の一ないし乙第一一号証の二三によれば、スキー用具を取扱う業界においては、初級者用、中級者用、あるいは競技用、ジャンプ用等の種々の用途に別れたスキーの一種として熟練者、専門家が専ら使用するためのスキーも取引されており、この熟練者用スキーであることを表示するために「エキスパート用」、「エキスパート」あるいは「EXPERT」等の文字が一般に使用されていることが認められる。

そうすると、本願商標が指定商品中の熟練者用のスキーに使用された場合、取引者・需要者は、これをその品質、用途を示したものであると理解するに止まり、また、本願商標が熟練者用以外のスキーに使用された場合、取引者・需要者はその商品の品質について誤認を生ずるおそれがあると認められる。

してみると、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、同第四条第一項第一六号に該当するものであるといわざるを得ない。」と判示している。

然しながら右原判決の判断は品種を示す表示と商標を示す表示とを区別することなく認定して社会生活に於ける論理の論拠を誤っているものであって、右原判決の摘示中「乙第五号証の一ないし乙第一一号証の二三」によれば何れも雑誌の広告であり、それ等は何れも商品の品種(品質)を示すものであって、商品を業としての自他甄別性、即ち、商品を業として生産、加工、証明、譲渡をすることを目的とした自他商品を区別する対象(商標)とは全く異別のものである。更に右雑誌広告は商標法上「標章」でもない。「標章」はそのまま同法第二条後段の充足性が内在していなければならないが、右雑誌はそれを窺知し得るものはない。ただ、熟練者の対象か、否かを目途した表示たるに外ならない。土台、商標として商品に「EXPERT用」とか「EXPERT」とかの熟練程度を世人に了知せしめる各表示は社会生活の理性的、妥当性の実際として表示することは人間社会として回避しなければならない事項である.「我輩は熟練者なり」という不遜の表示は社会生活の常識に著しく反し寧ろ忍び難い行為である。だが、「EXPERT」を商標対象とする場合、後述する商標の本来性に徴し商標法第二条適合性を有するに至ること疑う余地がなく、即ち、商標が自他商品の 別性、ないし、区別性を有するということは、換言すれば、固性(固有性)を有することであり、それは言語として「EXPERT」が「EXPERT」自体で限定するのみで一つの、ないし、複数の述語で限定されない特殊の「EXPERT」になったものに外ならない.つまり、主語そのものたる「EXPERT」になり、決して述語を持たない「EXPERT」になったものである.故に本願商標は「EXPERT」を否定する主語としても成立するものであって、即ち、「EXPERT」でない「EXPERT」たる主語にもなり得るものである.換言すれば、商標は言語を使用するも言語に非ずして人間社会に於て自他商品の 別能力を具備する標章に存し、それは如何なる固性を表示するかに帰する。これは認識主観を包含する認識を以てのみ成立し得るところである。然るに原判決は右摘示した判断に於て、「そして、弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第五号証の一ないし乙第一一号証の二三によれば、スキー用具を取扱う業界においては、初級者用、中級者用、あるいは競技用、ジャンプ用等の種々の用途に別れたスキーの一種として熟練者、専門家が専ら使用するためのスキーも取引されており、この熟練者用スキーであることを表示するために「エキスパート用」、「エキスパート」あるいは「EXPERT」等の文字が一般に使用されていることが認められる。」と判示して右掲示した証拠物にある「エキスパート用」、「エキスパート」、「EXPERT」の表示は品種であると認定しているにも拘わらず、「そうすると、本願商標が指定商品中の熟練者用のスキーに使用された場合、取引者・需要者は、これをその品質、用途を示したものであると理解するに止まり、また、本願商標が熟練者用以外のスキーに使用された場合、取引者・需要者はその商品の品質について誤認を生ずるおそれがあると認められる。してみると、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、同第四条第一項第一六号に該当するものであるといわざるを得な。」と判示していることは右証拠物に使用されている対象は文字の言語としての品種的表示も商標なりと判断したことに外ならず、そこに民事訴訟法第三九五条理由に齟齬がある違法な判断をなしているものであり、その破棄は到底免れない。土台、原判決は右商標法上の商標の謂われを弁じていない。

二上告理由第二点

原判決は

「原告は、会話的な「エキスパート用スキー」における「エキスパート」と商標たる「エキスパート(〓EXPERT)」とは用語に対する観念が根底的に相違し、両者は区別し得るものであるから、本願商標は単に商品の品質、用途を表示するための文字であると理解されることはない旨主張する。

しかしながら、熟練者用スキーを「エキスパート用」と称し、使用している場合、「EXPERT」の文字をスキーに付して使用すれば、取引者・需要者は、それが商品の品質、用途を表示したものであると理解するであろうことは前記判示したとおりであって、原告の右主張は採用し得ない。

以上のとおりであるから、本願商標は、商標法第三条第一項第三号、同第四号第一項第一六号に該当し、登録をすることができないとした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない.」と判示している。

然しながら右原判決の摘示に於て原判決は「しかしながら、熟練者用スキーを「エキスパート用」と称し、使用している場合、「EXPERT」の文字をスキーに付して使用すれば、取引者・需要者は、それが商品の品質、用途を表示したものであると理解するであろうことは前記判示したとおりであって、原告の右主張は採用し得ない。」と判断しているが、原判決がかくの如く取引者・需要者が「それが商品の品質、用途を表示したものであると理解するであろう……」と認定したことは、換言すれば、取引者、需要者は必ず錯誤を犯すと判断したことに帰するものであり、錯誤とは「認識と対象、事実と観念の不一致」を称するものであるから、商標法上の取引は良法第九五条による無効行為に陥落する論理に帰し、そして右民法第九五条に則すれば、商標「EXPERT」を商品の品種、品質、用途と互いに対立する取引者・同需要者が共に表意したとすれば、何れもその取引行為は無効であり、それに重大な過失があればその重大な過失がある表意者自らは無効を主張し得ずと雖も今一方の対立者は無効を主張し商標として取引をするか否かを改めて判断し得るものであるから、右摘示した「……取引者・需要者は、それが商品の品質、用途を表示したものであると理解するであろうこと」に何等の実践的害悪を伴うものでなく、したがって右原判決の判断は無内容に堕して居り、単なる空想的な想定をなしたに外ならず、凡そ「とんちんかん」の判断に堕しているものである。もともと、商標を商標として認識することは認識主観によって導引、発生した意識を目的と自覚とを以て妥当性ある対象とし知性、知識に徴して確定した認識にすることであって、これを錯誤を犯すことなくなし得るのが人間の特性である。これを理性に順応させることによって客観的対象となるものであって、商標は精神現象の対象であり、経済的思想の一環である。然るに斯界に於ける慣習的独断論として理科学的の対象たる地球に係る存在物と同視するに過ぎず、目的、環境、自覚性、妥当性、理性等の如何によって転化する認識的対象なりとする論理を全く看過する非合理性が存した.そればかりでなく自他商標を区別するに外観、称呼、観念の区別のみを以てするところも斯界に於ける積年の慣習的独断論に外ならず、原判決の内容はかかる非合理性論法に準拠してなされていることが歴然と窺知し得るところであり、然も、なお、「しかしながら、熟練者用スキーを「エキスパート」用と称し、使用している場合……」と認定して、即ち、「称し」とは「スキー」に使用したとは明言せず、極めて「不得要領」、とんちんかんの表現であり、加うるに「「EXPERT」の文字をスキーに付して使用すれば」と認定して「スキーに付いて商標として使用すれば」の「商標として」の文言を殊更脱落させ、ただ単に外見上の体裁を繕っているに外ならず、かくの如きは上告人の原審に於ける主張を殊更喰違わせているに外ならず、上告人は原審に於て会話的言語は固性を有していないが、商標は自他商品を甄別する対象であるから固性を有し、したがって主語を構成していると主張しているものであって(理由は右上告理由第一点に論述した通り。)、右雑誌の広告を熟練者用スキーであることの表示であると認定しながらこれは商標の表示に使用されると認定することは、即ち、その論旨は民事訴訟法第三九五条判決の理由に齟齬があることに帰し、その破棄は免れない。

(固とは主語になって述語にならないものであるとは遠くアリストテレスが断言し、今日に至っても千古の鉄則とされている文化観念であり、独り上告人が断ずるまでもなく世界の識者がこれに従う論理である。)

以上

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